線路のあるとこ一人旅    

OSAKA POWER LOOP

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久しぶりにガッツリ撮り鉄したいな〜と、秋晴れの土曜日に大阪へ。
少し前のRJ誌の表紙にインスパイアされて向かった撮影地、最初にやって来たのがコイツでした。
「どうせならノーマルな103系を撮りたいなー」と思い待っていたものの、その後来た環状線は全て201系。
待つこと1時間、そろそろノーマル103系が来るか...?と構えていると、、、
同じ『OSAKA POWER LOOP』の編成が戻ってきました。よく考えたら、当たり前じゃん。

Category : 大阪環状線
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福鉄日野川鉄橋

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福井鉄道の日野川鉄橋。
田舎の鉄橋を新型車両がコトコト走るミスマッチ。(←知人の表現を拝借しました)

あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。

Category : 福井鉄道
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のと鉄道能登線 廃線跡探訪(3)

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のと鉄道能登線 廃線跡探訪(2)から、道の駅に姿を変えた珠洲駅跡を経由して蛸島へ向かう。

【蛸島駅】
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能登線の終着駅だった、蛸島駅。

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コンクリート造りの小さな駅舎が健在。駅舎は施錠され中には入れなかった。

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駅舎前の自販機には能登線に関連するグッズが陳列されているが、稼働していない。

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蛸島駅の西方には、NT102気動車と線路が保存されている。
以前は動態保存だったということだが、雨晒しでボロボロの車両は動きそうには見えなかった。

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いくつかの廃駅を辿ってきた能登線の廃線跡探訪は蛸島で終え、半島の北側を目指すことにした。

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のと鉄道能登線 廃線跡探訪(2)

のと鉄道能登線 廃線跡探訪(1) より、さらに東へと向かう。

【鵜川駅】
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かつて急行停車駅だった鵜川駅。
能登線開業当初の終着駅でもあったためか、構内跡は広々としていた。

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ホームに残る「金沢・穴水方面」の文字を読み取ることができる。

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線路の高さからホームを仰ぐ。

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廃駅前のバス停は「鵜川駅前」を名乗り続けていた。

【波並〜藤波(藤波台運動公園)】
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波並〜藤波間の藤波台運動公園には、のと鉄道で活躍したNT123が保存されている。
保存、といっても陸橋の下に車両を雨宿りさせているだけなので実際は放置に近い。

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廃線から10年、この地に留まり続けているこの車両も、いずれ緑に覆われてしまうのだろうか。

【恋路駅】
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多くの駅が放置されているだけの能登線で、恋路駅は数少ない整備された廃駅だった。

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2013年から事前予約をすると乗車できるトロッコ列車の運転もしているようだ。
参考HP→ 奥のとトロッコ鉄道「のトロ」

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松波駅方のトンネル。

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トロッコ列車運転に際して新たに整備されたという駅名標。
能登線現役時代の恋路の隣駅は「宗玄」ではなく正しくは「鵜島」。
駅はなかった宗玄の集落には、恋路駅の管理をしている宗玄酒造があり、能登線廃線跡のトンネルで貯蔵した日本酒も販売している。

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のと鉄道能登線 廃線跡探訪(1)

別所温泉/白馬大池&小蓮華岳を訪れた後は、車がなければ訪れにくい所だから、と奥能登を目指すことにした。

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現在ののと鉄道の終着駅、穴水駅。
かつてはこの駅から先、宇出津・珠洲方面にも線路が延びていた。
乗客の減少と赤字額の増大により2005年4月に廃止になったのと鉄道能登線。
奥能登の旅は、能登線の廃線を駅跡を中心に点で辿りつつ、反時計回りに能登半島をめぐることにした。

【中居駅】
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穴水市街を抜け国道249号線を東に向かうと、能登線の築堤跡と並走して能登線最初の停車駅、中居駅に到着する。

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線路跡の雑草の生い茂り方は酷いが、待合室やホームはほぼ現役当時と変わらないであろう姿のまま残されていた。

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待合室の前に立ち、穴水方面を望む。
列車が来なくなり大きく生長したのであろう桜の木は、いつまでこの廃駅と共に満開の春を迎えるのだろうか。

【鹿波駅】
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中居駅の二つ隣が、鹿波駅。
駅の周囲に民家はなく、現役時代から秘境駅と言われていたようだ。
訪問後、待合室に駅ノートが残っているという話を耳にしたが、この時は見つけられなかった。

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中居駅は能登線探訪をする際に参考にした、鉄道ジャーナル2012年8月号の「失われた鉄路の記憶・自然に還りゆく奥能登の轍」の表紙を飾っていた。しかし、記事が書かれてから3年、鹿波駅を覆う藪の植物はさらに生長し、自然への回帰は着実に進んでいる。

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鹿波駅跡への入り口。写真に写るガードレールの右手から藪を掻き分けて坂を登ると鹿波駅跡にたどりついた。
鉄道ジャーナル誌の記事にも書かれていた電話ボックス跡もこの入口手前地点に健在であった。

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駅前の田んぼでは、稲穂がたわわに実っていた。

(2)につづく。

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